漢字かな混じりの固有名詞

翻訳

コロナで一時期減っていた観光関連の仕事が戻ってきました。私が担当するのはたいてい、中国語を話すインバウンド観光客向けの文章の訳文チェックです。パンフレットあり、中国語あり、メニューあり、観光案内あり。

私がチェックを担当するネイティブ翻訳者さんは優秀なので、チェックの負担は小さいです。ややこしい日本語の意味を取り違えていないか、変換ミスがないか、ファクトチェックが主なところでしょうか。

でも頭を抱える場合もあります。先日の仕事では「漢字とかなが混じっている店名をどう訳すか」(しかもたくさんあった)でいろいろありました。

例を挙げたいので、「すき家」。ここは会社自身で中国語名を“食其家”に決めていますが、もしこれがなかったらという前提でいきさつを説明してみますね。

私が担当したのは簡体字訳のチェックです。簡体字の訳者さんは「Suki家」と訳していました。間違ってはいないのでそのまま通したのですが、その後エージェントから「繁体字は『Sukiya』と訳しているが、揃えなくていいのか」と翻訳者とチェッカーあてに質問が来ました。

そこからメールのやりとりがいろいろあったのですが、いくつか問題点がわかってきました。

・そもそも簡体字と繁体字は同じ訳に揃える必要があるのか。
揃える必要はない、特に簡体字と繁体字が別々のパンフレットになるような場合は必要ないというのが共通した意見でした。ただ、案内板などでいくつかの言語が併記されているようなこともあります。たとえば地名の「あきる野」が書かれている案内板であれば、「Akiru野」と「Akiruno」が並んでいるよりは、揃っている方がいい気がしますね。

・かなの固有名詞をどう訳したらいいのか。
私がチェックする時に1つ気にしているのは、最終的にこの翻訳がどう使われるのか、です。もし観光用パンフレットになるのであれば、観光客と日本人がそれを見ながら「ここへの行き方」について話すみたいな場面がよくあると思います。その時、中国語話者も日本人も同じ場所、同じものを思い浮かべることができるか。

たとえば「サンライズ」なんていう店があって、翻訳が「日出」となっていたらどうでしょう。日本人は「『日の出』なんていう店はないよ」となってしまうかもしれない。だったら漢字が使えそうでも使わずに「SUNRISE」にしたほうがいいと思うのです。

・漢字とかなの混じった固有名詞はどうしたらいいのか。
現場で中国語話者も日本人もわかるという観点から言えば、「Suki家」「Akiru野」は1文字でも漢字が入っているので、漢字に慣れている中国語話者にとっては直観的にわかりやすいし、発音した時もアルファベット部分は聞き取れるのでいいんじゃないかと思います。

でも最終的に印刷物になる場合、中国語話者は漢字部分だけは中国語発音で読んでしまうだろうし、アルファベットと漢字が1つの名前に入っているのは美しくないとという意見もあります。

こんなやりとりがしばらくあって、結局のところ、簡体字と繁体字が別の印刷物になるので、今回は元の訳のまま揃えずにいくことになりました。

 

実はこの問題については、中国語翻訳者のctrans・タケウチさんのサイトで詳細に書かれていて、大変参考になります。

ひらがな・カタカナ地名の中国語表記 | karak

札幌にいる頃、中国語仲間で「すすきの問題」と言っていました。地下鉄の駅はひらがなで「すすきの」です。表記としては「薄野」も知られてはいますが、そもそも「すすきの」は正式な地名ではないので、公の根拠となるものがありません。

中国語話者向けの札幌観光案内を作るとして「すすきの」を訳すとき、「薄野」を使うべきなのか、「Susukino」とすべきなのか。漢字にすれば中国人は「Baoye」か「Boye」と読みますから「すすきの」とはわからない。しかも駅には「薄野」とは書いてないので、ここだと理解することができない。だから「Susukino」にするのがいいという意見がかつてはありました。

でも中国語ネイティブの翻訳者は100%「薄野」と訳してきます。翻訳者も札幌で暮らしていればどこかで「薄野」という表記を目にすることがあるでしょうし、漢字があるならやっぱり漢字を使っちゃうんですよね。もう「薄野」は完全に定訳化してしまったので、今チェックを頼まれたとしても、手を入れられないです。

すすきのは有名な地名なので表記がどうあれ、わからないということはないでしょう。でも、個人の飲食店の店名であれば、やっぱり中国語ネイティブも日本人も共通してわかることが重要かなと思っています。そうやって双方をつなぐのが翻訳の役目ですよね。

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