インターネットがつながらない!

日曜日ですが、仕事が入っていたので朝から翻訳。湿度が高く、気持ち悪くてなかなか集中できません。気温は少し下がっているのか、エアコンつけると寒いし、ああでもないこうでもない、昼食を食べてやっと落ち着いてきたら、なんとインターネットがつながらなくなりました!

遠くで雷が鳴っていたので、どこかでトラブルがあったのかなと、以前やったようにルーターの電源をいったん落とし、1分ほどして再起動しましたが、ダメです。今度はパソコンを再起動していたら、外から作業員らしき声が聞こえてきました。

そういえば、土日にうちの前の道路でケーブル点検をすると通知がきていたような。電話やインターネットがつながりにくいことがあります、と書いてあったような。外を見てみると、目の前でクレーンが作業員を上に上げている最中でした。

これだったのか……。事前に通知があったけど、たいていそういう通知が来ても、不通になるのは数分だし、ちょっと待つか、と思ったら1時間たっても通じません。

もう猶予はならない。まずはiPad(SIMが入っている)で調べ物をしましたが、調べる単語をコピペできないのが案外面倒で、結局はスマホでテザリングし、デスクトップパソコンをインターネットにつないで作業をすることにしました。

しかしとりあえずはつながったものの、やっぱり遅い! 調べ物1つするたびにグルグルグルグル…。「イライラしたら負けだ!」と、努めて平静に、「いつも、これくらいのんびりと仕事してるのよ~」と自分に言い聞かせながらやりましたが、かなり無理しましたね。

結局、点検作業は13時から17時まで、午後いっぱいかかりました。やっと復旧したときには正直へとへと。

まあ、テザリングという手段があってよかったです。かなりデータ量を消費しましたが、いつもたいして使わなくて繰り越しになっているので、その点は大丈夫。

どこかネット環境のあるところへノートパソコンを持って出かける、という手段もありますが、自宅のデスクトップが圧倒的に作業しやすいのと、とっさに行けるところが思いつきませんでした。

それに、安定してスピードの出るネット環境のあるところって案外少ないんです。カフェとかは全然ダメですね。本当にいざというときのために、駆け込める場所を見つけておく必要があるかもしれません。

ものすごい大失敗をしてしまった

年末に北京で買った本がおもしろかったので、久しぶりに中国語の本が読みたくなり、7月にいろいろ物色した結果、台湾の書店で3冊ほど注文しました。

以前同じところで注文したときは5日くらいで届いたのですが、今回はなかなか届きません。コロナの影響で国際郵便が遅れているという情報があるので、急ぐものでもなし、待っていたのですが、さすがに1か月たったのでおかしいと思い、問い合わせてみました。

するとすぐに返事が来て、ここに電話をするようにと電話番号を教えてくれました。そこへ電話すると取り次ぎだけのようで、実際の発送をやってるところの電話番号を教えてくれました。

そこで電話すると留守電メッセージ。「こちらは○○です」と会社名が聞こえてきましたが、その会社名に覚えがありました!

1か月ほど前、買い物に行っている間に宅配の不在連絡票が入っていました。差出人はまったく知らない会社、中身は「アパレル商品」と書いてあります。変だと思って念のためネットでその会社を調べると、コロナのマスク詐欺で槍玉に挙がっていたのです。これは詐欺だ、調べてみてよかったと思い、宅配業者に連絡して受け取りを拒否しました。

日記代わりのメモを見てみると、不在連絡票が入っていたのは、本を注文した5日後でした。1か月前、受け取りを拒否したあの荷物が、注文した本だったに違いありません。

なんでこんなことに…。宅配業者の不在連絡票の差出人が本とは関係のない、知らない会社名になっていたこと、中身が「アパレル商品」などまったく違うことが書いてあったこと。会社名がわからなくても、中身が「書籍」と書いてあれば、台湾からだと思ったはずです。まあ最初に届いたときに家にいれば、荷物の形状を見て本だとわかったでしょうけど。

もうどうすることもできません。その会社にもう1度連絡して文句を言うことはできますが、受け取りを拒否してしまったので、たぶん本は処分されているでしょう。

今回の配送は、台湾の書店→日本側の取次会社→日本側の発送会社→日本側の宅配業者→私、というルートになっています。その間に差出人も中身もわけがわからなくなっています。

海外からものを買うときは万一(こういうこと)があるので、あきらめのつく値段しか使わないので、本はあきらめますが、今後もこのルートで本が届くのなら、この台湾の書店は使いにくいですね…。

とりあえず、台湾の書店はいろいろ調べてくれたので結果を報告しようと思います。

 

友人のネットワークはありがたい

先日、ちょっとまとまった量のチェックをしました。友人からの紹介です。その人は中国語ネイティブなので、中→日のチェックを私に任せたいとのことで、依頼が来ました。

他にも頼める知人はたくさんいるはずなのに、私を指名してくれたので、顔をつぶすわけにはいきません。チェックは神経を使いますが、いつも以上に念入りにやって納品しました。

そしたらまた友人経由で、その会社から今度は中→日翻訳の依頼を受けたのです。「先日のチェック、まったく問題ありませんでした」とのコメントももらいました。

友人の顔をつぶさないでよかった、私を指名してくれた期待に応えられたとほっとしましたが、それと同時に取引先を増やせたかなという達成感もあります。

翻訳の仕事を取る、仕事を増やしていく方法の中で、知人・友人経由は案外有効だと思います。

個人的な友人で、つきあいが長ければ、まず人間的なところで信用があるはず。まめに連絡くれるとか、メールや手紙の文面がまともだとか、約束は守るとか、社会人としてきちんとしているかどうかは友だちならわかります。

これって翻訳をする上でも、結構重要な点です。翻訳もやっぱり日本の企業文化の中で仕事をするわけなので。

問題は翻訳の実力です。中国語を通じて知り合った友だちでも、またいくら仲良しでも、翻訳がどの程度できるかがわからないことがあるし、実力がわからない友だちは紹介しにくい。今回紹介を受けた友人は、以前組んで一緒に通訳業務をした人なので、私がどの程度できるかはわかっていたと思います。

反対に言えば、紹介をしてほしいと思うなら、実力を示せる何かを持っていて、友人にも知っておいてもらうのがいいと思います。かといって、友だちとの関係が営業営業しちゃうのもいやだし、難しいですね。

いずれにしても、今回はラッキーでした。私は営業が苦手で、こちらからアプローチして直取りを増やすなんて芸当はとてもできません。今回のように友人からの紹介は本当にありがたい。仕事が継続するかどうかはわかりませんが、何かのときに思い出してもらえるきっかけはできたと思います。

 

いい口慣らしのテキストがありました

いろいろあって、通訳の仕事から遠ざかってから、話す練習をまったくしていません。仕事があるかどうかわからないのに、追い詰められるようにシャドウイングやリピーティングをする必要がなくなって、精神的にはとても楽ちんなんですが、反対にたまには口を動かしたほうがいいかなあと思うこともあります。

書店で久しぶりに中国語テキストをのぞいてみると、こんな本が出ていました。


このシリーズの初級編中級編は、以前札幌で主宰していた通訳学習会で使っていました。学習会で使ったテキストの中でも圧倒的に評判がよくて、1周終わって復習するとき、順番が同じだと練習にならないというので、日本語――中国語を裏表にしたカードを作り、1人がめくって日本語を読み、次の人が中国を言う、という形式での練習もしました。

英語では「瞬間英作文」というすごく有名な教材がありますが、まああんな感じのテキストですね。英語は中学高校の貯金があるので、文からスタートしてもできますが、中国語はいきなり文ではなく、このシリーズのようにフレーズからというのが手堅いと思います。

あの頃はまだ上級編はなかったはず。あれば使ってみたかったなあ…と思いつつ、立ち読みでランダムに開いて日→中をやってみました。文字を見ながらだと、なんとか中国語にできそうですが、音だけだと怪しいかもしれません。それにしばらく口を動かしてないから、口まわりの筋肉が衰えている、絶対。これはいいなと思ったので、いずれやってみたいです。

さっさとやれよ、という感じですが、今、手をつけている勉強があるので、それが落ち着いたら。しゃべらなきゃならないシーンがないので、まあいいか、とやらない可能性も大(笑)。

自閉症は津軽弁を話さない

新聞の広告を見て、ぜひ読んでみたかった。期待通り、すごくおもしろかった。
ASDや発達障害に詳しくないので、わかりにくいところもあったけど、言語習得に関しては思い当たることとか、なるほどと思うことが多かった。
外国語習得に関して言えば、教科書で習う外国語は、ASDの子がテレビやビデオで共通語を覚えるようなものだ。俗語やいわゆる「こなれた言い回し」は、その言葉が使われる場面で覚えていかないと、ヘタに使って失敗する可能性があるが、反対に言えば、そういう言い回しを自然に使えるということは、その言語コミュニティで自然言語として獲得したという証にもなる。教科書では俗語やこなれた言い回しは覚えられないのである。
言語というのは、どこまでいっても社会やほかの人とのかかわりの中に存在するものだ。外国語をなりわいとする身としては、教科書で習った外国語をどうやって社会とかかわりのあるものにするか、教科書で習った外国語でどうやって意図理解・意図確認ができるようになるか、これがとても重要なのである。