試験への期待

仲の良い中国語仕事仲間2人とランチしてきました。

いろんな話が出たんですが…盛り上がった話題の1つは、検定や資格試験への期待度が、学習者と世間一般(中国語を使う人材を使う側)とではギャップがあるのではないかという話。中検○級とか、HSK○級とか、通訳案内士とか、確かに一定の実力を示すもので、それを目指してがんばる学習者もたくさんいる。目標を設定することで励みにもなるし、自分を客観的に見ることにもなるから試験を受けること自体は悪くはないんだけど、試験合格を「目指しすぎて」、合格しさえすれば、というように試験への期待度が高くなりすぎる人が多いんじゃないか、というのです。

実際に自分たちに仕事が来る経緯を考えてみると、非常~~に多くの場合が紹介です。逆に考えて、自分が都合が悪くて「誰か紹介してください」と言われて紹介するとしたら、やっぱりいいかげんな人は紹介しない。だから、紹介された時点である意味、採用試験に合格したということなんですよね。

じゃあ、安心して任せられる人ってどんな人かというと、中国語力、通訳力、翻訳力はもちろんなんですが、社会人としてちゃんと仕事ができるかの部分が大きいと思います。いつもメールが返ってこないとか、パーティ通訳にセーターで来ちゃうとかいう人は紹介したくないですね。

こういう仕事の回り方がいいのかどうかはわかりませんが、市場もあって、試験を含めた語学力に対する評価基準をちゃんと持ったエージェントがたくさんある東京などはともかく、北海道ではこれが実情です。

中国語講師の仕事もしている友人たちは「だから試験は受けなくていいよとも言えないしね」と笑っていましたが。

仏教、本当の教え – インド、中国、日本の理解と誤解

 
仏教、本当の教え – インド、中国、日本の理解と誤解 (中公新書)
植木 雅俊(著)


仏教が伝わるうちに変化したんだろうなあということは想像がついていたけど、1つずつ検証されるとがっくりくるくらい変化してる。場合によっては漢字を通ったことで違う意味が一人歩きした言葉もあって、くせ者漢字の本領発揮。なんだかトホホという読後感でした。

福岡

週末、福岡に行きました。南へ行く~と楽しみにしてたのに、もう雪とか、やめて。

でもさすがに梅が咲いてましたね。札幌とは違います。

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ついでに太宰府に行って「中国語がもっと進歩しますように」とお祈りしてきました。

少林寺に行って「武術が上達しますように」とお祈りしてきたときは、ちょっとシャレが入ってたけど、今回はほんとにガチです。

続・通訳学校

「通訳学校があったらいいのに」と言うと、「学校に行けばいいというもんじゃない、自分で努力すればいいだけ」と言われることがあります。もちろんそれは当然のことで、たとえ学校に通っていても、自分で勉強を続けることは絶対必要です。

でも自分で努力していれば、いつか通訳という仕事に就けるのかというと、これもまた疑問です。外国語学習者から通訳へ向かうレベルの人はそこそこ外国語ができます。そのうえで何をどのくらい勉強すればいいのかは、なかなか自分ではわかりにくい。聞く・話す・読む・書く、どれもそこそこできるからわかりにくいのです。最終的に身にならない勉強はない、なんでも勉強すべきだと思いますが、今自分に欠けている部分を真っ先に強化することも必要で、それを的確に指摘してくれる人がいるといないとでは違います。

それに、一人で勉強を続けるのは精神的になかなかきつい。悪いところを指摘されて落ち込んだり、ほめられて喜んだり、勉強仲間に刺激を受けたりすることが勉強のモチベーションの維持につながります。

もう一つ通訳学校の役割として、通訳業界の新しい人材発掘のルートになっているということがあります。通訳業界では、経験者(通訳とか、エージェントのベテラン社員とか)が「こいつならそろそろ簡単なアテンドくらいできそう」などと判断して通訳者としての第一歩を踏み出させることがあります。エージェントから見て通訳学校の学生はその候補者ですし、通訳のタマゴから学校を見ればチャンスのころがっている場所なわけです。

結局、当時の私や同学たちの不安は、自分たちの努力が間違っていないのかという不安、自分たちのレベルが判定できない不安、どこへ誰を訪ねていけば通訳の世界へつながっているのかわからない不安でした。逆に言えば、通訳業界から見てもどこにタマゴがいるのか、何をどれくらい勉強させれば通訳として使えるようになるのか、見えないとも言えます。

広く公募して統一的な試験をして通訳を採用する会社や機関ももちろんあります。直接の採用ではありませんが、通訳としてある一定の力があることを証明するために通訳案内士という試験もあります。学校に行かなくても、自分で力をつけてこういう試験を通って業界に入っていくこともできる。

でも依然として、通訳学校のもつ、通訳のタマゴと業界とをつなぐ「連絡通路」の役割はとても大きいと思います。今の北海道のように、圧倒的に中国語通訳(ガイド)が足りないと言われている状況ならばなおさらです。

そうは言っても、採算もとれなければならないし、きちんと育成できる指導者がいなければならない、学校を開くというのは簡単なことではありません。……堂々巡りになってしまうんです。

通訳学校

ある人に「通訳学校を開いてくださいよ!」と言われてしまいました。

そんな力は私にはないですし、今の仕事のパターンを考えても無理なのですが、札幌に中国語の通訳学校(クラス)がないことについては、考えてしまうことがあります。

私が札幌に来て中国語を再開したころ、同じクラスに通訳者のタマゴくらいのレベルの人がごろごろいました。大学の第2外国語で中国語をやり、中国に1年か2年留学し、HSK(旧)高級の9級か10級をとり、帰ってきて勉強を続けて、通訳案内士に合格したり挑戦中だったり……というレベルの人です。今、その同学のほぼ全員が企業で働いていて、通訳者になった人はいません。

今、北海道では中国語の通訳者(通訳案内士)が足りない足りない足りないと言っていますが、あの頃あんなにタマゴがいたのにと思います。

それにはいろんな要素があります。不安定なフリー通訳より安定した企業への就職をみんなが選んだということが大きいでしょうし、通訳業界よりも企業のほうがうまく人材を吸収したということも言えると思います。でも、タマゴから通訳へと育てる通訳学校がなかったことも1つの要因ではないかと思うのです。

日本で外国語を身につけるのは簡単ではありません。あの頃の同学たちは多かれ少なかれ、自分の努力の延長として「通訳」という職業を意識していたと思うのですが、その気持ちをどうやって実際の仕事に結実させていくかがまったく見えませんでした。

私は今さら採ってくれる企業もなく、声をかけられて引き受けてるうちに通訳を仕事にするようになりました。同学たちと時々会うと、みんな生き生きと仕事をしていて、どっちがよかったのかはわかりません。こんな感傷めいたことを言うのも、ぽつんと通訳をやってるのがさびしいだけなのかもしれません。

それがすべての理由ではないのはわかっていますが、通訳学校があったら違った展開になった人がいたかもしれません。孵化しなかったタマゴに金のタマゴがあったかもしれないのです。そうだとしたら、10年後に同じことを言わないために、そして、今「通訳」という職業を意識している人のために、通訳学校があったらと思うのです。