最期の言葉の村へ:消滅危機言語タヤップを話す人々との30年

こんな本読んだ
以前、故・千野栄一先生の言語学の講演を聴いたとき、世界にわかっていない言語はほとんどなくなってきた、残っているのはニューギニアだ、とおっしゃっていた。この本で調査対象となっているタヤップはまさにそうした言語だ。
しかし言語に関する記述はさほど多くなく、主に言語調査をする過程での筆者と村の人々との「あれこれ」が描かれている。(言語に関する研究は、別に博士論文として完成されている)
これが実におもしろかった。ところどころに、村の人々との別れがたい感情のつながり(いわゆる涙腺崩壊的な)が垣間見えるものの、おおむね非常に冷静で客観的な研究者の目でできごとを(自分自身も含めて)詳細に描いている。読んでいるうちに、だんだん村の様子を自分で見てきたような気持ちにさえなった。
言語が消えるのは残念だ。しかし残念だというのは、当事者である村の人に対する傲慢ではないのか。言語が消えれば、泣いても悔やんでも取り返せないが、当事者は泣いてもいないし悔やんでもいない。
パプアニューギニアの文化が考えるように、これは「自分たちの外にある何か大きな力によって動かされた」結果なのだ。
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