翻訳者として、日々中国語に接している。つまり、毎日漢字と向き合っているわけだ。年に数回は見たことのない漢字に出会い、パソコンに頼り切りで漢字が書けなくなっている自分を嘆き、ついには「いったいどこまで漢字を勉強すればいいんだ」ということになる。中国語を学んで最後にぶつかる、そして最大の壁は漢字である。
ある時、本当にどこまで漢字を勉強したらいいのか調べたくなった。漢字の中で一番画数の多い文字は何かを調べようと思ったのである。
まずはネットにあたると、同じように考えている人は多いらしく、さまざまな記事がみつかった。
それによると、もっとも画数の多い漢字は「龍」を4つ組み合わせた字で、「漢語大詞典」「中華大字典」などにあり、発音はzhe2、意味は「恐れる」だそうだ。
しかしこれに敢然と立ち向かう意見もあった。この字はたしかに存在しているが、もう使われていない。今、実際に使われている字ではこちらが一番だというのがこの字だ。
この字はbiang2と読み、陝西省の「ビャンビャン麺」という食べ物で今も使われているという。
がぜん興奮した。私は陝西省西安市で1年留学しており、毎日のようにあちこちで麺を食べていたからだ。きっとこれも食べたことがあるに違いないが、当時はそんな意識がなかったせいか、麺の名前も文字も覚えていなかった。
このままではおさまらない。幸い、西安再訪の予定があるので、ぜひともこの麺を探してみようと思った。
そして西安の街中で見つけた店がこれ。
もうそれはあっさりと、ホテルから5分も歩くと見つかった。一度見つけると、その後はいくらでも見つけることができた。留学中いったい私は何を見ていたのだろう。
さて、実物は。
これがビャンビャン麺。
ほかの店でも食べてみたが、汁なしやつけ麺もあった。味つけやスープや具ではなく、麺の名前が「ビャンビャン麺」なのだ。幅が広く(5センチくらいのものもある)、もちもちとこしが強い。麺を伸ばしているとき、ゆでているときに「ビャンビャン」と音をたてるから、というのが名前の由来らしい。中国語の教科書や辞書の音節表を見ればわかるが、「biang」という音節は普通話にはない。そもそも方言なのである。
麺はたいへんおいしくいただいた。目的のものを見つけ「この麺が世の中で一番なんだ」と満足しながら帰途についたのである。
(初出:而立会ブログ「群蝶花絮」2013年5月31日 世の中で一番の麺)
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