もっと会話を

中国語の勉強仲間でビアガーデンに行きました。半年に1回くらい、声をかけて集まれる人が集まって楽しく飲むというだけなのですが、なんとなくゆる~く続いています。

誰かのおめでたいことがあれば祝い、仕事の愚痴を言い、旅行に行けばおみやげを配って写真を見せ、ファッションをほめ、子どもの成長に驚き、まあたわいもない話ばかりですが、たまには真剣に中国語上達の話をします。

今回は「なんといっても中国語で会話するチャンスが少ない!」という話が出ました。

仲間うちには中国語ネイティブとがんがんやり合う職場の人もいるし、会話は全然必要ない翻訳メインの人もいますが、その中間的な人もいます。

たま~に中国人と話す必要があるけど、そんなにひんぱんじゃないから、いざ話す時に思うようにしゃべれない。

たま~に中国人と話して、それなりに通じてはいるけど、間違ったところがきっとあると思うし、もっとスムーズにしゃべりたいけど、直してもらえない。

自主学習会は日本人だけでやっていて、今は通訳練習や聞き取りがメインです。割合レベルの高いことをやってるとは思うんだけど、通訳と会話はやっぱり違いますからね。

私もどちらかというと、このグループかな。考えてみたら、最後の通訳から半年くらい、まともに中国語で話していない気がする。

何か対策を考えたほうがいいなあ。

極寒ですが

札幌は9年ぶりに-10度になったそうです。雪まつりの雪像1)現在、粛々と完成中もびっくりの寒さ。もう出かけるのはイヤ!! でも週に1度の中国語教室なので、出かけるしかありません。

このところ、NHK Worldのサイトから聞ける番組《一天一题》とか《当代视点》とかを使ってリテンションの訓練をたくさんやっています。黙ってるわけにはいかないので、とにかく頭に残ってるものを消えないうちにどんどん口から出しちゃおう、ってな感じなのですが、それでも多少は形になってきてるんでしょうか。

めったにほめない先生が「テープとは違った言い方だけど、文法的に致命的なミスなく、だいたい同じ意味のことが言えるようになってきてる」と言ってくださいました。長い文、複雑な構造になると「介詞、言ったっけ?」「動詞、何使ったっけ?」の連続なのですが、最後につじつまを合わせているそうです。

そ、そうなの? どうやって合わせているのか自分ではよくわかってないんですけどね。わかってないということは、合わせられないことも起こりうる、ってことですよね。意識して合わせられるようになればいいんですけど、まだ先は遠そうです…。

   [ + ]

1. 現在、粛々と完成中

中華街での会話

なぜかまだ東京にいます。だんなの夏休みに合わせて、あちこちに出没。家族サービスとでもいいましょうか。

今日は中華街でお食事。がつん!と辛いものが食べたいということで、麻婆豆腐を基準にお店を選びました。ここはと思ったところがお昼休みで、お店から出てきたお兄さんに「本店はやってるから」と案内されて行きましたが、そっちも期待通りの辛さでした。

2人で麻婆豆腐をむさぼり食っていると、お店のおねえさんたちが中国語でおしゃべり。店の奥なのであんまりよく聞こえないんですが、1人が「やっぱ30過ぎるとどうしても太るわよねえ」と言っているのが聞こえました。40過ぎるともっとですわよ、おねえさん。

その後、2人でジャージャー麺をむさぼり食っていると、どっかのおじさんがおにいさんを連れて「老板呢?」とやってきた。老板は「午前中、忙しくって今やっと休んでるとこ」とか言って出てきて、それから店の中で3人で話を始めた。それがどうも、料理人の面接らしい。

おじさんが連れてきたおにいさんの紹介をしたあと、老板「どこでやってたの」おにいさん「もともと上海(発音は「サンハイ」)だから、上海料理の店が多いかな」老板「得意な料理は」おにいさん「○○とか△△とか(残念、聞こえない)あとは酥饼ができる」老板「ふつうの、一般的なのはできる」おにいさん「まあできると思う。厨房を見ればはっきりしたことが言えるけど」なーんていう会話が続き、結局採用になったのか、また後日ねってことになったのか、むにゃむにゃして2人は帰って行った。

店の中にいたのは私たちと、かたぎじゃなさそうなおじさんがかたぎじゃなさそうなギャルを連れてごはんを食べてただけなので、まさかその中に中国語のわかるおばはんがいるとは思わず、気楽に話していたのであろう。いや、中国人なら中国語のわかる人がいても店の中でそういう話するか。

料理もおいしかったけど、なかなか楽しい話を聞かせてもらいました。お得なお店でした。

がびーん

久しぶりの通訳練習。

な、な、なまっている。

聴き取りも、訳出も、ボロボロ。ほめ上手な先生にめずらしく「ちょっと落ちてるかな…」と言われてしまった。

これはまずい。

聴き取り、音読、やらなくちゃ!

 

サイドバーの点取り占いに「3点 不景気な顔をしているね」と言われちまった。ばれてーら。

なんと、コメントにレスをつけて戻ってきたら点取り占いが「2点 もう遊んではいけない」に変わっていた。

ごめんなさい、もう遊ばないで、勉強します。

なんで中国語を

10月、漢学院は行事だらけだ。やっと国慶節が終わって落ち着いて授業ができると思ったら、スピーチコンテスト、言語実践(要は旅行)、お楽しみ運動会(原文では「趣味運動会」。同班同学の絶妙な訳をちょうだいしました)と息つくひまなくぎっしり詰まっている。たぶん、寒くなる前に行事をすましてしまうのだろう。

スピーチコンテストはまず各クラスでやり、次に西安外語の留学生でやり、そこで代表を決めて陝西省の留学生の大会に進むという、高校野球のようなシステムである。今週は各クラスともスピーチ(もしくは朗読)をやるので、原稿を用意するようにと言われていた。

みんなそれぞれに苦労して作文したりしていたが、中には「何か話せなんて言われても話すことなんかない」と言っている子がいる。そんなこと言ったってしょうがないじゃん、何かひねり出して書けば?「もともとそんなに話すの好きじゃない性格の人もいるのに」ここまで聞くとちょっとカチーンとくる。

わざわざ中国まで留学に来て、もっと中国語のレベルを上げたいといつも言っているのに、じゃあ、それって何のためなの?どんなに中国語が上手でも、話すことがないんだったら、それは中国語が全然できないのと同じことじゃない。

中国にいたら言いたいことはいろいろあるはずだ。道につばを吐くな!レジにはちゃんと並べ!唇に瓜子の殻をくっつけたまま歩くな!だけどそれだけ言ったってダメだから、どんなときにそれを見たのか、自分はどんなふうに感じたのか、自分の国とどう違うのか、そういうことをどう表現したらいいのか調べたり、考えたり、人に聞いたりする、それこそが勉強じゃないかと私は思うんだけど。