上海で本をネット購入しました

上海書城では仕事に使えそうな専門辞書を2冊ほど買いました。

今ほど規制がかかる前に微信支付を始めていたので、それで支払いました。両替が面倒だし、物価が上がるのに高額紙幣が発行されないし、紙幣も硬貨も種類が多くてさいふが重たくなるので、中国はアプリで支払えるのがありがたい。でもスマホの電源を入れ、アプリを立ち上げ、支払いバーコードを表示させる(あるいはスキャン画面を出してスキャンして金額を入力する)というのはけっこう面倒。SuicaやPasmoやNanacoやWAONで一発で支払える日本の方式のほうがはるかにいいです。日本でわざわざ決済アプリを使う気にはなりません。

それはともかく、微信支付にも面倒なことはあり、公众号(微信の公式サイト)を持っている店で使うと、自動的にそこをフォローしたことになって宣伝メッセージがどんどん送られてくるのです。まあフォローをやめればいいだけなのですが、パン屋、銀行、上海軌道交通、チェーンの麺屋…次々に送られるメッセージにはちょっとうんざりです。

上海書城からもメッセージが送られてきました。見ると「故宮日暦、入荷しました!」

故宮日歴は以前、仕事で翻訳した記事の中に出てきたことがあり、見てみたいなと思っていたので、食指が動きました。とはいえ、その日以降は予定がつまっていて、また上海書城に出向くのはちょっと厳しい。まああきらめよう、空港とかどこかで見つかるかもしれないし…と思いましたが、メッセージの下に「購入はこちらから」のリンクがありました。ネットで買えるのです。

その時点で、上海滞在はあと5日ほど残っていました。配送はEMSなので、上海市内なら多く見積もっても2~3日で届くでしょう。このホテルを送り先にしたら受け取れるんじゃないか。ということで、やってみました。支払いは微信で、値段は76元。しかもネットでの購入が初めてだということで割引がきき、57.8元になりました。

結果、翌々日にはこんな感じでホテルに届きました。配達員の人からSMSで「ホテルのフロントに届けておきました」のメッセージも入りました。


実際の本はこちら。


見開き左右で1日、左には毎日違う故宮の文物が紹介されています。すべての写真がカラー。ちなみに、このページは「珍妃の井戸」です。

ものすごく文化財好きでもないし、歴史に詳しいわけでもないですが、毎日本を開く時間はちょっと楽しそうです。

今回はホテルに長く滞在したことと微信支付を使っていたことで、こんなサービスを使うことができました。次に行くときも、事前に調べておいてやってみようかと思います。

上海に行ってきました

投稿が滞っております。1週間ほど上海に行ってきました。毎日抜けるような青空でした。

今回は仕事もあるけど、ゆっくり遊びたいなと思っていたのに、結局ほとんど仕事になってしまいました。いつものことです。

1日だけ福州路へ遊びに行ってみました。

90年代に行ったときはものすごい人だったというイメージがあるのですが、今回はそんなこともなく、のんびりした通りだったので、拍子抜け。勘違いしているのかな。

お目当ては本屋さんです。上海書城でたっぷり時間をつぶしたあと、外文書店へ。

中国关键词》が各国語で並んでいました。世界へのアピールに対する中国の力の入れ方は半端じゃないですね。

つぎは百新書局。雑貨が充実していて、今どきの本屋さん。ひさし(と言っていいのかな)は文房具のイラストが打ち抜いてあって、おしゃれです。

中国はすごく変わりましたが、変わっていないところもたくさんあります。変わっていないところを見つけてホッとしている自分がいるのに気づいて、トシなのかなあと思ったりもします。

ちょっとおしゃれな麺やさん。看板の修理でもするのかな? はしごが竹です。

沐恩堂に来ました。当時はきっと、このあたりで一番高い建物だったのだろうと思いますが、それをはるかに見下ろすビルが見えます。なんだか、ちょっと悔しいです。

現代中国経営者列伝

現代中国経営者列伝 (星海社新書)


成功する企業家には才能と運と時代があった。高度成長期の日本で成功した企業家もきっとそうだったのだろう。
一番面白かったのは、終章の最後に出ていたメイカーズと山寨王の話。中国の成長物語はそろそろ終わろうとしているように思える。これからは運と時代ではなく、自分の才能だけで戦っていかなければならない。そういう人たちの今後は、とてもおもしろそうだ。

30年すぎた後に思うこと

今日はやはりどうしても書かないわけにいきません。

あれから30年。私の中国への見方も30年という年月とともに少しずつ変わってきたように思います。

事件当時は、私も若かったし、もしかしたらバブルに(まだ)浮かれていたのかもしれません。自由であること、民主的であることが何よりも尊い、それを実現したからこそ日本はこんなに幸せになっているんだ、中国もそうなるべきだということを疑っていませんでした。きっと、多くの日本人と同じように、発展途上にある中国を下に見ていたのでしょう。優越感なのか、正義感なのか、自分でも判断のつかないまま、力で学生たちを押さえ込んだ共産党と鄧小平に未来はないと思いました。

でも30年たって、現実はどうでしょう。今や日本は中国に支えてもらわなければ、経済的に成り立っていきません。世界中でポピュリズムと自国主義が広がって、民主主義に疑問が投げかけられています。

たぶん大部分の中国人は、今の中国をとても幸せだと感じているでしょう。あのときの共産党と鄧小平のやったことは間違いじゃなかった、結果オーライだと。

もしかしたら、共産党は軍をさしむけて解決したことをものすごく後悔したのかもしれません。やってはいけないことをやってしまったと思ったかもしれません。だから、これからは幸せな中国を作ろうと思って真剣に努力したのかもしれません。今の中国を見ると、そんな想像(空想)さえしてしまうのです。

でも、これが30年という時間の答えなのでしょうか。そう思うのは悲しいと思う自分もいます。信念なのか、単に「三つ子の魂百まで」なのかわかりませんが、やっぱり許せないと思う自分がいます。

ほかに方法があったんじゃないか。力に頼らなくても、話し合って、ともに考えていけたんじゃないか。

歴史に「もし」はありません。力で学生たちを押さえつけた中国しか、この世にはないのです。大部分の中国人は幸せだと思っていても、人権を奪われ、口と手足を押さえつけられている中国人が今もいるのです。幸せだと思っている大部分の中国人も、口を押さえつけられているのかもしれません。

それをおかしいと思うことも大切にしたい。自分に何ができるわけでもないけど、それが自分の中国との向き合い方なのです。

中国と台湾のカッコの違い

中国の知人に頼まれて中日訳をときどきするのですが、その知人がものすごく約物にうるさい。カッコなら、日本語の「」と『』はどう使い分けるのか、中国語の《》とはどう対応するのかなどをいちいち聞いてきます。

おかげで私もその都度、共同通信の『記者ハンドブック』や『日本語表記ルールブック』を確認し、最近はつられてかなり敏感になってきました。

ところで、私は日中訳のチェックの仕事も承けていて、簡体字(中国大陸)、繁体字(台湾)の両方やっているんですが、訳文の中に「」が使われていることがたまにあるのです。

私は大陸中国語を勉強したので、「」を使ってはいけないとたたきこまれています。「」があると、これは翻訳者が日本語原稿に上書きして、そのまま残しているのだろうと思いながら修正を入れています。

でも、台湾はどうなんだろう。台湾のサイトでは「」を使っているのをよく見るので、台湾は使うのかな~などと漠然と思っていたのですが、なんだか気になって調べたら、こんなサイトがありました!

これによると、「」は引號として使うことができます。なんとなく感覚で使えるのかと思ってたけど、ちゃんと根拠があったんですね。うわ~なんでもっと早く調べなかったんだろう。自分をひっぱたきたいくらいです。

中国のものは表記の手引書を買って持っていますが、サイトでも見ることができます。こっちの方が本をいちいち出すより便利かな。