翻訳地獄へようこそ

 
翻訳地獄へようこそ
宮脇 孝雄(著)


おもしろかった。というより、勉強になった。誤訳やまずい翻訳をしてしまうときは、たいていもう一歩の踏み込みが足りない、文化の知識が足りないというのは中国語訳も同じ。ただ、自分が訳してると、これ、変じゃない?と立ち止まれないのも事実。感性なのか、経験なのか。
それから、英語翻訳では参考書が豊富なのはうらやましい。The London EncyclopaediaとかWatching the Englishとか、中国語でもこんな本があったらなあと思う。

中国語方言の聞けるサイト

こんなサイトがあることを教えてもらいました。

口音のある普通话のほか、さまざまな地方の方言(聞いてもわからない)も聞けます。スクリプトつきで何を言っているのか確認できるものもありますし、中国語の音を聞くのが好きなので、聞いてるだけで楽しい。

説明を見ると、ボランティアで音声をアップロードしているんですね。こんなプロジェクトがあるなんてすごいです。

 

くそ度胸をつけましょう

同学から急に「通訳するとき、気をつけることって何ですか」と聞かれました。何だろう、体調を整えることかなあ。でもなぜそんなことを?

聞けば、会社の業務で中国の支社に出張し、通訳をするように言われたそうです。その人は中国語の実力も十分あるし、通訳もうまい。何の問題もないと思ったんですが、実際に通訳した経験が少なく、会社の人が中国人社員と比較して、「ちゃんとできてんの?」みたいなコメントをするので自信がないとのこと。

なんなんでしょう、その人。中国人社員の通訳を聞いていると、日本側の言ってることと違うことを言ってることがあるそうなので、会社の人は中国語もわからないのに、自分がわかる日本語をしゃべる中国人を高く評価してるんですよね。

そういう事情なら、答えはただ一つ。

くそ度胸をつけること。

これはまあいろいろな言い方ができて、「くそ度胸をつける」とも言えるし、「根拠のない自信をもつ」とも言えるし、「自分を信じる」とも言えるし、「自分に暗示をかける」とも言えるし。とにかく「できない」という考えを自分の中から追い出すことです。たぶん通訳者はみんなこれをやってるんじゃないだろうか。

具体的には「できなかったらどうしよう」という考えが浮かびだしたら、急に別のことをするとか、誰かと話すとか、歌を歌うとか、その考えを無理やり消す。メンタルトレーニングみたいなもんです。

通訳をやることが決まってて、その時になったらもうやるしかない。それを積み重ねることで、さらにくそ度胸がつくようになるという好循環が生まれます(のはず)。

ぜったい大丈夫、帰国後のいい報告を待ってます!
 

京都へ行ってきました

例によって出張です。今回は仕事がぎっちりだったし、桜も終わっていて、楽しい観光はまったくできませんでした。

市内を歩くと見渡す限りの外国人。1度JRに乗り込んだら、座っていたフランス語を話している若い女性にさっと席を譲られてしまいました。フランスではもうそういう年代なんですね、私。

何かお祭りがあるのかな?会議のあった場所の周りはどの家もこれが貼られていました。なぜか心が華やぎます(酒っていう字があるから?)


楽しみは食べることです! まかない弁当に入っていた湯葉がおいしくて、湯葉好きなのでうれしかった。あとは出汁のきいたうどん。これは九条ネギうどんです。写真をだんなに送りつけて(いじめだ)おいしくいただき、おつゆも飲み干しました。ささやかな京都堪能でした。

中国と台湾のカッコの違い

中国の知人に頼まれて中日訳をときどきするのですが、その知人がものすごく約物にうるさい。カッコなら、日本語の「」と『』はどう使い分けるのか、中国語の《》とはどう対応するのかなどをいちいち聞いてきます。

おかげで私もその都度、共同通信の『記者ハンドブック』や『日本語表記ルールブック』を確認し、最近はつられてかなり敏感になってきました。

ところで、私は日中訳のチェックの仕事も承けていて、簡体字(中国大陸)、繁体字(台湾)の両方やっているんですが、訳文の中に「」が使われていることがたまにあるのです。

私は大陸中国語を勉強したので、「」を使ってはいけないとたたきこまれています。「」があると、これは翻訳者が日本語原稿に上書きして、そのまま残しているのだろうと思いながら修正を入れています。

でも、台湾はどうなんだろう。台湾のサイトでは「」を使っているのをよく見るので、台湾は使うのかな~などと漠然と思っていたのですが、なんだか気になって調べたら、こんなサイトがありました!

これによると、「」は引號として使うことができます。なんとなく感覚で使えるのかと思ってたけど、ちゃんと根拠があったんですね。うわ~なんでもっと早く調べなかったんだろう。自分をひっぱたきたいくらいです。

中国のものは表記の手引書を買って持っていますが、サイトでも見ることができます。こっちの方が本をいちいち出すより便利かな。

 

通訳の地位

通訳に関する記事を続けて読みました。

この記事、手話通訳は民間の通訳者を採用しているとのことですが、事前に情報を与えないのは民間という「よそ者」だからという理屈なんだろうと想像します。仮にあの場に英語通訳者を同席させて新元号を世界に同時発信しようと考え、外務省職員を通訳として使ったとしたら、事前に情報を伝えておかないということは考えられません。

通訳者が守秘義務を遵守していることを信頼していないし、記事にある通り、手話を必要としている人や、そのアクセス権を保障する手話通訳者を軽視しています。

間違えた通訳者には気の毒ですが、これが問題になったことはよかったことだと思いたいです。

www.msn.com
 
外国人増加の時代に法廷通訳の登録者が減る理由とは
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E5%A4%96%E5%9B%BD%E4%BA%BA%E5%A2%97%E5%8A%A0%E3%81%AE%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AB%E6%B3%95%E5%BB%B7%E9%80%9A%E8%A8%B3%E3%81%AE%E7%99%BB%E9%8C%B2%E8%80%85%E3%81%8C%E6%B8%9B%E3%82%8B%E7%90%86%E7%94%B1%E3%81%A8%E3%81%AF/ar-BBVFibQ
外国人労働者受け入れ拡大の新制度導入などが進む中、あまり知られていないことがある。日本語が通じない外国人が被告となる裁判で欠かせない法廷通訳の問題だ。最高裁の集計によると、通訳が必要になる公判が増える一方、法廷通訳の候補者名簿に登録された人数は減...

こちらに関しては、法廷通訳をしている友人から聞いていました。

その場での発言を訳すのではなくて、判決言い渡しや、事前に関係者にわたっている資料の読み上げなどはその資料が渡され、日本側が読み上げるのと同時にそれを「通訳」する方式に変わったのだそうです。要するに、渡された資料を訳しておいて、それを日本側の声にかぶせて読み上げるのです。

法廷通訳は勤務した時間で報酬が払われるので、こうすれば「読み上げを聞く+訳す」の勤務時間を半分に減らすことができます。

事前に渡される資料の翻訳に対する報酬はありません。それはあくまで通訳に便利なように資料を提供するだけであって、それを訳して読み上げろとは言われていないからです。事前に翻訳しておかず、その場でサイトラしたっていいわけです。

だけど、通訳者で事前に渡された資料を訳しておかない人なんていません。まして法廷通訳という重要な仕事なんです。

札幌にいた頃、弁護士会に登録して接見通訳をやっていましたが、年に1度、登録通訳者の勉強会が開催されていました。弁護士の中に外国人の犯罪や裁判の改善に熱心に取り組んでいるグループがあったのです。

そこでコミュニティ通訳の研究者や弁護士の先生から話を聞く機会がありましたが、一般的な法曹関係者の通訳に対する認識の低さにほんとうに驚いた記憶があります。

そもそも法廷通訳者に採用試験が課されないというのが不思議です。「お金は払うから、誰かやってよ」という態度にしか思えません。

さらに言えば、法曹関係はお金が出るからまだまし。医療関係は「治療を受けたいなら自分で通訳連れてきて、こっちは通訳にお金なんて出せない」です。私も医療通訳グループに少し縁がありますが、ほんとうにみんな身銭を切って通訳をやっているのです。

外国人労働者の受け入れに関して「どれくらい日本語が話せればいいか」ばかりが問題になっていますが、日本側の態勢はどうなのでしょうか。

英国王のスピーチ

市民アカデミーで君主制についての講義を受けたときに勧められた映画。中国出張の帰りのフライトで見たんだけど、新元号が決まって、君主つながりで思い出したので書いてみた。

すごくよかった。正直、行きのボヘミアン・ラプソディよりよかった。

ドラマ自体はジョージ6世が吃音を克服するストーリーなんだけど、実際にはジョージ6世が王という特別な存在になることを受け入れていく過程。逆に言えば、ライオネル・ローグが吃音治療を通して、それを受け入れさせていく過程だ。ライオネルは友人として平等な立場で治療に当たっているけど、本当は最初からバーティを王として扱っていたのだと思う。

スピーチは感動した。講義で「旧体制」として位置づけられがちな君主制が今も残る理由は何か、その(今日の)意義は何かを検討したんだけど、その知識があって見たから余計なのかもしれない。

1つだけ、映画の誇張なのかもしれないけど、エドワード8世があまりにも典型的で、そこはちょっと不満かな。