荏苒

光阴荏苒

月日が徐々に過ぎていく

またまた見たことない字。“荏苒”だけでもほぼ同じ意味だ。
“荏苒”を百度で検索したら“荏苒是什么意思”だの“荏苒怎么读”だのがヒットした。中国人にとってもあんまり見たことない字なんですね。ちなみに発音はrěnrǎn
ほかの語との結びつきでは、

岁月荏苒
时光荏苒
时间荏苒

などがあった。
なお、日本語でも“じんぜん”と読んで

月日がゆったり流れること

という意味で使われている。そうだ。

下山事件(シモヤマ・ケース)

 
下山事件(シモヤマ・ケース) (新潮文庫)
森 達也 (著)

なんだかごたごたしたいきさつがあったみたいですね。そのごたごた自体は、一方の言い分だけを聞いてどうこう言うことはできないので、なんとも言えません。

ただ、この本についてだけを純粋に言うなら、下山事件に関する本ではなく、下山事件を調べようとして結局ごたごたしてしまったということを書いた本としか思えませんでした。

くさってました

ちょっとイヤなことがあり、2日ほどくさってました。

私はそういうとき、とことん考えて、自分で納得ができればあとはすぱぁ~っと忘れられるたちです。

今回もうだうだ考えていましたが、自分のやるべきことがはっきり見えてきて、むしろよかったかも。

何のことだかわからないですよね。ま、とにかく今はすっきりしてます。

英語か。

おととい、あるところの採用面接を受けたのだが、そこで英語について聞かれた。

武術の国際大会でも英語を使う場面があるし、できるといいかなと思って英語を少し一所懸命勉強した時期があったのだが、やはり中国語に力を入れたかったので、今はやっていない。

その頃、どれくらいできるようになったのかなと思ってTOEICを受けたらかなりいい成績だったので、今回履歴書に書いてみた。枯れ木も山のにぎわいのつもりだったのだが、まさかそれに注目されるとは。

TOEICの点数は、もう時効だ。海外旅行で通じなくて困ったなんていうことはないけど、きちんとした話、込み入った話はできない。きっぱり。

それにしても、中国語で仕事をしようとするとき、英語ができることが高く評価されることが多い、という話は聞いていたけど、最近、今さらながら実感としてわかってきた。英語、ちゃんとやったほうがいいのかしら。

今はあの頃の力はないけど、何をどれくらいやったら、当時の力に戻れるかはだいたいわかる。でも、それに割く時間とエネルギーがあるなら中国語に割きたいんだよなあ。とはいえ、「今はもうそんなにできません」と言い訳しつつ、時効になったTOEICの点数を書いて売りにするっているこすい手段も恥ずかしい。

悩むところです。

終了~

さっき、訳文をメールで送りました。とりあえずやれやれ。

朝食を詰め込みながらTVを見ていたら、昔勤めていたところの近所の商店街が出ていた。いや~なつかしい。

ときどき出前をとって食べたおそばやさん1)”まだ若かったので、冷やし力うどんなんていう、炭水化物だけのメニューが気に入っていた、お弁当がおいしいお肉やさん2)幕の内の味とボリュームはさいこーでした。ものすごく食べてましたね、あの頃は。あのへんは東京の真ん中とは思えないほど、ずっと変わりませんねえ。

東京は山の手、下町、新しく開発されたスポット、と場所によって全然表情が違って、街歩きが楽しかった。札幌は、どこに行ってもなんとなく同じ感じがして、私にはちょっと不満。雪で1年の半分は街歩きできないし。

とはいえ、街歩きの気持ちいい季節です。今日は学習会メンバーと市内見学です。

   [ + ]

1. ”まだ若かったので、冷やし力うどんなんていう、炭水化物だけのメニューが気に入っていた
2. 幕の内の味とボリュームはさいこーでした。ものすごく食べてましたね、あの頃は

東京行き

ただいま~ 東京へHSKを受けに行って、今帰ってきた。ひどかった…訴えていい?

HSKの試験って試験時間を全部合わせると155分で、間に休憩10分となっているので、10時から始まって12時45分、遅くとも1時すぎには終わるだろうと思い、4時20分の飛行機を予約していた。

ところが、最後の口試は会場の都合で2組に分けて入れ替えてやるという。えっ、そんな大事なこと、なんで事前に知らせてくれないの。しかも、遠隔地からの参加だというのに私は2組目になっている。ふつうは先にやらせてくれるもんじゃないの?

スタッフは、1組は30分あれば終わるというので、2組目が終わるのは1時半くらいか。

ところが、筆記の会場から口試会場への移動、それから機器の説明、30分ではとても終わるものではなかった。結局、2組目の試験が終わったのはなんと、2時半!

会場となった大学のスクールバスももう終わっている。スクールバスの出るところにいたスタッフ(大学の人か? HSKの試験監督をやる中国人ではなく、日本人だった)がとっさの判断で、校内バスの運転手に事情を話し、HSK受験者を駅まで送るよう手配してくれた。

その後、運よくうまく空港行きに乗り継げて、3時54分に羽田に到着、なんとか間に合った。一緒に受けた学習会のEちゃんもなんと同じ飛行機で、横浜駅のホームで一緒になり、2人でダッシュ。よかったね、お互い、間に合って。

結局、その間、お昼ご飯を食べる時間もなし。搭乗の前に売店で買ったサンドイッチを飛行機の中で食べた。

高等の東京会場は今回初めてなので、予測できないことも多かったんだと思うけど、せめて口試を2組に分けることと、どちらの組になるかは当日にならないとわからないと書いてあれば、もうちょっと余裕をもって飛行機をとったと思う。もし今日、飛行機に間に合わなかったら、弁償してくれていたのか?

と、今日はさんざんだったんだけど、昨日は昼の飛行機で東京に行き、またまたミニシアターで映画を見た。『モンゴリアン・ピンポン』。

もう、全編、草原。草フェチと地平線オタクにはたまらない作品と言えよう(冗談)。

以下、ストーリーとは関係ないけど、ちょっとネタバレなので、見ようと思っている人は読まないでください。

私は女きょうだいなので、小さい男の子がどういうふうに育つのか、実際に見たことがない。だから、妹に男の子が生まれてから、珍しくてしょうがない。

女の子は未知のモノに出会うと、わーとかきゃーとか、これ何?とか、さわったり、逃げたり、知らん顔したりする。少なくとも、妹の上の子はそうだ。そういう反応は自分にも思い当たることがあるので、ぜんぜん珍しくないのだが、弟のほうは、未知のモノに出会うと、黙って、見ているんである。しかも、かなり長い間。そしてしばらくするとだーっと駆けだしていく。何を見て、何を考えているのか、まったくわからない。

もちろん男の子だから、いたずらしたり危ないことをしたりするんだけど、そういうところを見て、私は「男の子って、静かに成長するものなんだなあ」と思っていた。

なんで、こんな全然関係ない話をしたかというと、『モンゴリアン・ピンポン』に出てくる男の子たちは、みんなこういうふうなのだ。たいていはしょうもないいたずらとか、けんかとかをして、お母さんにばんばんおしりをぶたれて、という子たちが、時々何かを前に黙って、じっと、いつまでも見ている。私にとっては「男の子」の表情だ。

この映画がすごいなあと思ったのは、そういうとき、男の子たちが何を見て、何を感じているのか、映像で理解させるところだ。例えば、ビリグが座って草原にかかる虹をじっと見ているシーン。ただ、それだけなのに、後ろ姿のビリグが虹を見て、その美しさを感じていることがわかる。

この映画には音楽や効果音が入らない。監督は映像に自信があるのだろう。そして、それが成功していると思う。

いい作品です。なんだか「太い」映画だと思いました。