カセットテープ

エッセイ

今、若い人の間でカセットテープがブームなんだそうだ。デジタルにはない柔らかい音質が魅力なのと、聞くにも録音にも保存にも手間がかかるところが愛おしいと言う。

しかし1980年代90年代に中国語を勉強した人にとって、カセットテープはそんな情緒のあるものではなかったと思う。むしろ戦友と呼ぶにふさわしいほど、使って使って使い倒した人がたくさんいるのではないだろうか。

当時、音声教材はほとんどがカセットテープで、カセットデッキがなくては聞き取りの勉強にならなかった。まだカセットウォークマンの時代、新しい機種が出ると「音がいいらしい」とか「軽くて携帯に便利らしい」とか「新しい機能がついたらしい」とかの情報が出る。ダビングのためにダブルカセットデッキがあると便利だけど、ちょっと高いんだよね。ラジオをタイマー録音するにはどうするのが効率的だろう……実際に中国語を勉強する前に、こういうことに心をくだき、工夫しなければならなかった。

しかしそうやってかけた手間と時間に見合うだけ、きちんと聞いて勉強に役立てていたと思う。今のようにインターネットでいくらでも音声教材を手に入れられ、使い捨て聞き捨てにしても惜しくない時代ではなかったし、手間をかければ愛着もわく。というより、単にもったいなかった。

確かまだあったはずと、当時使っていたテープを出してきてみた。スタンプでNHKラジオ講座録音用のラベルを手作りしている(私も若くて可愛かった)。中に入っていたテープを聴いてみると、2004年、小林二男先生の文学購読「信」が録音されていた。

そういえばこのカセットプレーヤーは、2005年に中国へ留学した時にも持っていった。当時日本ではMDプレーヤーがかなり普及していたが、中国はまだまだカセットの時代で、初級の教材はCD付属になりつつあったが、上級教材はまだカセットが主流。1つの教材に付属するテープが10本、12本、一番多いのは30本なんてのもあり、帰国時に日本に送った段ボールの1つは半分がカセットテープだったと記憶している。

留学前に通っていた中国語教室では聴写(ディクテーション)をすごくたくさんやっていたので、このプレーヤーも相当使っていて、調子が悪くなっていた。留学に行く時には「たぶんもうすぐ壊れちゃうだろうから、中国で新しいプレーヤーを買えばいいや」と思って持っていったのである。

そして案の定、壊れた。3月からの留学で、4月には動かなくなった。予想の範囲内だったので新しいのを買おうと思ったのだが、大学構内に小さな家電を修理するおじさんがいて、ダメ元でそこへ持って行ったら見事に直ったのである。わずか40元の修理代だった。

その後、秋くらいまでにはMP3がどんどん普及し始めた。中国ではCDもMDもすっ飛ばしてカセットからMP3になったというわけだ。私も安いMP3プレーヤーを1つ買ってみた。とにかく軽くてよかったけど、まだそんなに機能も充実していなかったし、ちゃんとした製品ではなかったのか、帰国後すぐに使えなくなってしまった。

にもかかわらず、このカセットプレーヤーはいまだ健在。今では取り出すこともほとんどなくなってしまったけど、「どうしてもカセットじゃなきゃダメなものがあれば、私は対応できる」と思えるのは結構心強い。私もやっぱりアナログ人間だからだろう。

教材のカセットテープもまだ当時のまま、本棚に積まれている。もう使うこともないかなと思うが、80年代後半から2000年前後までの教材はしっかり作られていて、いい文章が多いように思うので(改革開放後、中国が力を入れて、いい中国語を世界に普及しようとしていたのかな…と思う)、手放したくない。もっと年をとってから、懐かしがりながら聞きたいと思っているからだ。

最近はパソコンとつないでカセットの音源をMP3にできるプレーヤーがあって(実は私も買って持っている)、それを使ってデジタル化したらすっきりするのだが、なかなか時間がとれない。もういっそのこと、テープのまま持っていようかな。手元にプレーヤーもあるし、ブームだというならカセットがすぐに全くなくなってしまうこともないだろう。

私にとっては、少し嬉しいブームである。

(初出:而立会ブログ「群蝶花絮」2016年9月21日 カセットテープ

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